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2004.02.11

NO.064 高杉良『王国の崩壊』(徳間文庫)


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ISBN: 4198914206

 たぶんこの本を読むと、これは完全な創作ではないな、モデルがあるなぁと思う人が多いかもしれない。
 主人公は、菊池というデパートマンで、勤務している丸越百貨店の現実を憂い、何とかして今の会社の状況を変えたいと願い、社長に疎まれながらも、信念を貫く姿が描かれている。この社長のモデルとなったのが、1970年代から1980年代にかけて、三越の社長をしていた岡田茂である。岡田社長は、愛人・竹久みちの会社を通して「ブランド」を買取で仕入、何百億円という不良在庫の山を築いた。
 この小説でも、「丸越百貨店」の社長・寺本剛は、愛人・竹村さちの会社を通して、大量のブランド品を買い取り仕入し、それが不良在庫として会社の経営を圧迫する。出入りの業者への押し付け販売で公正取引委員会から排除勧告を受ける。その他、偽者の美術品を売ったり、架空取引をしたり、と滅茶苦茶としかいいようがない。
 読んでいてあぁと思ったのは、常務・山口通正が次期社長候補とも思われていた人物であったのに、寺本の意に染まない人間として閑職に追いやられたことを機に丸越を去ったというエピソードである。これにもモデルがいる。先日読んだ「堤清二とセゾン・グループ」の中にもあった、坂倉芳明氏のことである。彼は、三越退社後、三顧の礼を持って西武百貨店に招かれ、池袋店を百貨店売上高日本一にし、そして、退社。その後、また三越に復帰し、社長となった。
 企業小説としてだけでなく、実際に小売業の従事者として働いていたわたしにとっては、百貨店であれ、スーパーであれ、ある一つのこと忘れた時に間違いが始まるのではないかと思った。
 ある一つのこととは、「小売業の基本は、買う人、つまり、お客様が主体である」ということである。この小説の中では、社長が本店の現場視察することを「総回診」と皮肉っていた。会社の中で「エライ人」が店(現場)に来ると、お客様をそっちのけにして、「エライ人」に方を向いて仕事をする販売員。わたしにも、似たような経験がある。「明日、部長が巡回に来るから、売場のPOPやディスプレイを見直しおくように」という上司の指示がよくあった。社内の誰が来ようと、そういう指示は必要ないし、わたしたちはお客様のために仕事をしているのであって、社内のエライ人のために働いているのではないのに、現場を見るのなら、お忍びで来て、ありのままの姿を見るべきであって、そのために取り繕われた現場を見ても意味がないのでは?と常々思っていた。実際、そのことを上司に言ったことはないけれど(笑)
 わたしは、小売業を営む会社に勤務していれば、オーナーであろうと、一社員であろうと、立場は一緒という考えを持っている。その会社の人間として、店内を回るのであれば、お客様に「いらっしゃいませ」と挨拶をするのが当たり前であって、それをできないような人間が会社の上にいるのは、なんだかなぁと思う。なので、この小説を読んでいて、創作だからちょっと極端なエピソードはあるにしても、「あるべきではない姿」として書かれているという印象を持った。高杉良って小売業の経験はないはずなのに、ここまでリアルに書けるなんて、小説家ってすごいなぁ(笑)


不条理に負けないという心があれば、胸を張って生きられる

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